鞠二月二日堂

詩と芸術のブログ

夕暮れの森だった

夕暮れの森だった。不運はどこにでも舞い降りるものらしい。茜色の空から突如飛来したドッジボールに当たって女は倒れた。額から血が流れて意識を失った。担架で運ばれてゆく女に付き添ったのは妹だった。この世界が神さまの夢なら、姉の口癖をまねて語りか…

未来の蟻たち

街路樹の幹に一匹の蟻を見つけた。蟻たちは時空を巡り〈小さなものたち〉を集めてまわる。あの日のぼくの夢―情熱も、こんなふうに蟻たちに運ばれていったのだろうか? 1万6000年後の未来の蟻たちがきみたちに語りかける。 〈時がすぎてゆくというのは世界が…

学校奇譚

わたしの通うM高校の保健室は日々成長しているらしかった。単純にベッドの数が増えているということではなくて、原生動物が養分を捕食するように隣室を浸食しながら室内の構成要素を有機的に変化させているようなのだ。静寂に満たされた空間とは対照的なめ…

辺境の街

コンクリートで舗装された細い坂道を上がってゆく。粗末な民家の軒下に髪を緑に染めた女が立っていた。なにかに憑かれたように前方を凝視している。あまりに透明な眼差しは見えるものすべてを素通りしてしまう。石段の横では髪を紫に染めた青年が鳶色の毛布…

世界平和会議

昨夜まで降りつづいた雨は上がり、路地にはいくつもの水たまりが出来ていた。R旅館の前で、わたしたちは先生を待っていた。 「Yさん、先生来ますかね? 夢のお告げなんでしょ」 「お告げなんでしょうか? わたし、よく分からないんです」 「先生が、ここで…

楽しいことが好きだった

楽しいことが好きだった いつの頃からか楽しくなくなった夜明け前に目覚めた 窓辺の植物がいつもとは違って見えたここに来てから自分であって自分ではないような感覚がある部屋の主は長期の不在 わたしはそのひとの身代わりなんだ明るくなったら植物の世話を…

神さまの夢

縁日の帰りだった。Aは綿飴を食べていた。奇妙な既視感があった。Aがこれから語ることを、ぼくはありありと思い出していた。 ぼくたちが神さまの見ている夢の登場人物だとしたら? ぼくたちに神さまとの不思議な出会いがあるのは、ぼくたちが神さまの夢の…

旅の記憶

旅の途中で友人が怪我をした。旅をつづけることが出来なくなった。海の近くに小さなアパートを借りて二人で暮らしはじめた。夜になると食卓に蝋燭を灯して、水平線から昇る月を眺めながら食事を楽しんだ。元気になったら、また旅をしよう。 「きみには聞こえ…

毛糸の帽子

みんなが毛糸の帽子を持っていた。わたしだけが、まだ持っていなかった。先日、やはり毛糸の帽子がほしくなって近所のスーパーマーケットに買いに出かけた。いろいろ迷って、チョコレート色の地に白いステッチの幾何学模様が入ったものを選んだ。 翌朝、毛糸…

不思議だと思いませんか?

不思議だと思いませんか?世界はわたしたちにむかってなにも説明しません世界がわたしたちに理解されないと嘆くこともありません世界はなにかを問いかけることがなく なにかを探すこともしませんそれなのに (それなのに……)わたしたちはいつだって理由を探…

先生

午後四時十五分、作家のO先生と都心から特急列車〈てまり〉に乗った。Y駅で降車。はじめて訪れる街だった。先生は何度か訪れたことがあるらしかった。長く伸びてゆく影を追いかけるようにポプラの並木道を歩いた。 大きな噴水のある公園のベンチに先生と並…

蛇遣い

ひとつの研究が終わると、どうにも落ち着けない。休暇もそこそこに、あらたな研究課題を模索した。それまでのノートを読み返して選んだのは「蛇遣い」だった。 作家Mは廃校になった中学校の講堂を書斎として使っていた。十万冊の蔵書と三万枚のレコードがひ…

情景

白いリンネルのシャツを着て きみは直立した姿勢のまま夢を見た真昼の青空に休むことなく回りつづけていたのは巨大な風車だった地中深くから汲みあげられた水が乾いた大地の球根を育てた 遠い街だった 骸骨たちの乗り合いバスが次の交差点を曲がるとき水たま…

箱男

箱男は走ることにむいていない だから今日もゆっくり歩く夏は暑く 冬は寒い でも住処をなくす心配だけはしなくていい箱男の半透明の小さな窓にも夕暮れの光が差し込む 鴉が鳴いた手帳を開き思案する あなたは涙の隠し場所を執拗に探していた誰からも隠されて…

レエン・コオト

長椅子の上の眠りは温かなチョコレートのように溶けて、わたしたちの夜が来る。そうだ! 大切な約束があった。 いくつもの小さな矩形に仕切られた陳列棚をじっと見つめた。なにが収められているのかは暗くてよく分からない。墨色のヴェールをまとった不定形…

青の故郷と糸の鶴

高校二年の春にクラス委員長に選任された。それが原因とも思えないのだが、浮遊感を伴う眩暈に悩まされるようになった。真夜中に部屋の電気を消して星空を眺めてみても、以前のようにわくわくしない。 午前の授業を無難にやりすごしたとしても午後の授業はど…

ご無沙汰しております

ご無沙汰しております。こちらもずいぶんと様変わりしましたね。機械仕掛けの商業都市は怖れを知らない子供のようです。 いえ、迷ったりはしませんでしたよ。並木の落とす影が行き先を指し示してくれましたから。そこから先の路地のことはよく覚えています。…

水の街 序

ひさしぶりに水の街を訪れた。海抜〇メートル、黒い水の流れに帰ってきたという安堵があった。 予約を入れておいた老舗旅館「睡蓮」にむかう。街には橋がひとつもないので(どうしてだろうね?)水路で隔てられた隣の区画には、渡し船でゆくことになる。宿泊…

怖い家

明るい灰色の夕暮れだった 自転車に乗って怖い家にゆく住宅街を離れた国道沿い 二階建ての民家が休耕田にかこまれて時代に見放され世間に忘れられた高度経済成長期の遺骸のようにぽつんと建っていた 草が生い茂る荒れた庭 閉め切られた雨戸不気味なシミが浮…

メランコリック・ミステリー・ゲーム

公園の近くで蟻の行列を見つけた じっと眺めているとがんばるぞ~ぉ と声がした ふり返ってみたけれど誰もいないあれ? 気がつくと蟻の行列も消えていた どこいった? 「消えていったものたち」の身代わりになって街を散策したやがて歩き疲れてきた 馴染みの…

道は先々で分岐しているので

I 道は先々で分岐しているので つい迷ってしまうどれを選んでも結局は同じことだと理解したのは目的地に着いてからだった 世界は複雑なようでいて思いのほか単純なつくりになっている II 旅行の計画はいつも曖昧なものだから時間の経過もそれに合わせて自在…

自転車とチョコレート

愛用の帽子を被って自転車に乗った 海へゆこういつもの道は工事中だった 迂回路の案内にしたがったむむ? 道に迷ってしまったみたい 森の小路だったこまったな…… 民家をみつけた 道を訊ねてみよう自転車では無理みたい 不安定な石段をこわごわ下ったあれ? …

胸を小さな蛇に噛まれた

胸を小さな蛇に噛まれた 救急病院に搬送された夜のむこうに ひとかたまりの黒い森が見えたそのまま息が止まってしまいそうな誘惑に こころが怯えた 夢のなかで懸命に活字を拾った 本を復元したかったランプを手許に引きよせる このページを仕上げてしまおう…

揺籠と残酷

シアンクレールで一杯のコーヒーを飲むぼくたちは木炭の素描のような街に暮らしていたぼくは心臓[heart]の色を探すように生きた 不意の出来事だった 青い煉瓦の壁が歩道に現れたそして 突然 崩壊する (戸惑いは悲しみに似ている)ぼくには踏み越えてゆく…

夢のパズル

I 紙のような薄さでパズルの隙間に消えていったピエロあら 気がつきませんでした ここで死んでいたのですか?いえ 死に乗り遅れたんです ただ それだけですよ II いつからだろう? 暗さのなかで撚られた情景だった死者たちの見忘れた夢が わたしたちの夢にす…

つよく見つめるとたちまち崩れてしまう

つよく見つめるとたちまち崩れてしまう夕暮れだった 海沿いのレストランから黒煙が昇っていた取り残されたひとがいるらしい あなたの知っているひと?世界にはさまざまな死がある 消防車の赤は好きな赤じゃない旅の途中でメガネを壊してしまった いつも臆病…

死の国

古風な旅館の渡り廊下から 冬の川の眺めを楽しんだ空想的なものは すり減ることがないという 素敵だねただときおり姿を隠してしまう どこにいったのかなあ?折り紙の匂いがした 鈴の音 壁の漆喰は淡い緑色だった眼差しは限りなくゼロに近い薄さだった 誰の死…

急勾配の階段だった

高台のサボテン公園から出てきた男が急勾配の階段を下りていたその途中に錆びた線路が横切っている この踏切は要注意なんだいっけん廃線に見えるだろう でもそうじゃない 油断は禁物警報器が鳴らなくても快速列車が通過することがある 危ないよ孤独と不安の…

きみの眼差しがぼくに接ぎ木した

きみの眼差しがぼくに接ぎ木した実存を称えて歌う思索の階段をどこまで昇ればいい? 人間存在を俯瞰する実存哲学の記念碑は 空のきみに届けとぼくは願った (自己の消滅 残り香 神の名前) 春だった 童話の大地に育つ若葉をぼくは愛そうとしたそのとき 永遠…

昨夜 夢に見た光景だけが

昨夜 夢に見た光景だけが真実のように思われたパラフィン紙のように薄い掌ほどの雪の結晶が舞っていた指先に触れると少しの冷たさも残さずに幻のように消えた川沿いの道を友人と歩いていたはずだったいつからひとりなのだろう? 水の音を聞こう 河川敷に下り…

土曜日の放課後だった

土曜日の放課後だった二階の教室の窓辺で友達と立ち話をしていた突然 電話が鳴った むかしの映画でしか聞いたことのないジリリリ ジリリリ という耳障りなベルの音だったすぐ後ろの席にダイヤル式の黒い電話機が置かれていた誰がこんなものを持ってきたのだ…

灰の列車

ずいぶんと長いこと歩いてきたこれから どちらに歩いていけばいい?ぼくたちは忽然と消えたように思われるだろう大地の裂け目から地下へと降りていった行き着いた先は廃棄された地下鉄のトンネルだった巨大な炎に焼かれたように すべてが黒く煤けていたかす…

悲しいことがあったので

悲しいことがあったので 飛行機で旅行にゆくことにした小さな映画館の茜色の椅子に腰掛けて旅行の計画を練った資金が乏しいので いちばん安い航空券を選ぶのがよいだろうそうすると直接目的地に飛ばないので乗り換えが必要になる乗り換えは好きじゃない 中継…

とある家の水槽のこと

案内された部屋は薄暗かった 大きな水槽が置いてあるモールのような水草が優雅にゆれていた ゆらりゆらり透明なパイプからは小さな泡が出ている ぷくぷくぷくこころがなごみますね きよらかな水っていいな ぼんやり見つめていたら…… あれ?水槽の水がみるみ…

熱くて濃い珈琲は

熱くて濃い珈琲は飲みすぎに注意しようふいに むかしのことが思い出されて なんだかつらくなるどうしてだろうね? (熱くて濃い珈琲は三日に一度にしよう)あの頃そうだったように (いつもそうだった)見ることの親密さのなかに こころが融けてゆく素朴があ…

21世紀の洗練された処刑機械 謎解き付き

国営の研究施設を思わせるコンクリートの細長い部屋では、複雑な仕掛けの自動機械が休むことなく稼働していた。誰もが知っている動物アニメのキャラクター(ネズミ)を連想させる透明なプラスチック製の〈頭部〉が銀の円盤に乗せられて、コトコトと手前から…

詩 鞠 紫月 MARI Shizuki

詩の記録(詩作メモ付き) 2013年8月~ † 散文詩 目次 夕暮れの森だった †2017.03.26 未来の蟻たち †2017.01.29 学校奇譚 †2016.09.18 辺境の街 †2016.08.14 世界平和会議 †2016.06.19 楽しいことが好きだった 2016.05.22 神さまの夢 †2016.04.24 旅の記憶 †…

永遠のこと 四月 パウル・ツェラン

きみたち 永遠のことを知っていますか? 永遠がどれほどの大きさだったか 知っていますか? いまそれは 掌ほどに小さく折りたたまれてしまいました 桜貝の色をした爪の残酷がそうさせたのですか? 二十世紀は〈死と運命〉の私有物でしたか? セーヌの黒い水…

わたしは語りたいと思うのだ

わたしは語りたいと思うのだ なにかを指し示すためではなく なにかを引き継ぐためでもない さんざめく声たちとの交感のために 語りたいと思うのだ 昨夜見た夢が世界を浮遊させるさまを 語りたいと思うのだ わたしたちの〈生〉が束の間の歌曲のようなものだと…

いつの頃からか知っていた

木曜日だった スーパーマーケットに出かけた 棚に並ぶ小箱と瓶詰め 色鮮やかなパッケージたち 目移りするけれど いつも買うものだけをカゴに入れよう 他のものに手を触れるのはやめておこう (それは誰かの でもどこにも存在しない〈死〉を連想させる) いつ…

鞠二月二日堂