道は先々で分岐しているので
I
道は先々で分岐しているので つい迷ってしまう
どれを選んでも結局は同じことだと理解したのは
目的地に着いてからだった 世界は複雑なようでいて
思いのほか単純なつくりになっている
II
旅行の計画はいつも曖昧なものだから
時間の経過もそれに合わせて自在に伸び縮みするものらしい
アパートに帰ったとき 五時くらいかなあ と時計を見ると
三時十五分だった あれ? よく見ると時計は止まっていた
しるしが「赤」になっている 蓋をあけてネジを巻いた
止まっていた〈時〉が〈ちから〉を得て再び流れはじめた
戸棚から資料を取り出した クリップで留めて鞄に入れる
熱いコーヒーの香りが誘っていた 出かけよう
戸締まりを確認してアパートの階段を下りた
すでに世界は終わっていて それに気がつくひとは誰もいない
そんな空想がよく似合う冷たい灰色の夕暮れだった
高架橋を列車が通過した 先頭の車両は七〇年代ふうだった
それが近未来のスタイルになり やがて貨物列車にかわった
詩人Aの未発表資料を鞄に入れていることが妙にうれしかった
交差点で信号待ちをしていると小雨が降りはじめた
ああ 傘を持って出るのを忘れた
いまになって着てきた服もなんだかしっくりこない
傘を取りに戻ろう 服もお洒落なものに着替えよう それがいい
素敵な思いつきだった ヴィジョンがあり 予感があった
すべてのものにはぴったりの組み合わせがある
詩作メモ
「意味」より先に「イメージ」があり、それ以前に「手触り」がある。詩作のリアリティは触感的なものだと思う。指先でなぞる情景は、どれも鮮明で親密なものだった。
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