旅の記憶
旅の途中で友人が怪我をした。旅をつづけることが出来なくなった。海の近くに小さなアパートを借りて二人で暮らしはじめた。夜になると食卓に蝋燭を灯して、水平線から昇る月を眺めながら食事を楽しんだ。元気になったら、また旅をしよう。
「きみには聞こえるかな? ほら、太鼓の音だよ。夜になると、いつも聞こえてくるんだ。死神が打ち鳴らす太鼓なのかな? 死者の行進に加わる日が近いのかもしれない」
半年後、友人が亡くなった。遺灰は約束通り海に流した。翌日は祭りだった。広場に出かけてみた。特設された舞台で少年少女たちが声を合わせて歌っていた。
「ご覧なさい、子供たちの前に黄金のラッパが見えるでしょ。神聖なラッパです。お祭りのときだけ覆いが外されます。ラッパのつけ根から地中に延びているのが〈伝声管〉です。黄泉の国にまで通じているんですよ。黄泉の国はあまりに遠くて歩いて行った者はまだいませんがね、声はちゃんと届きますからね。明るく澄んだ子供の声なら尚更です。声は望むところに届くでしょう」
ご婦人は人懐こい笑顔で説明してくれた。ぼくは彼女にお礼を言った。午前の陽光を正面に受けて、ラッパは誇らしく輝いていた。旅をつづけなければならない。
アパートの窓辺で地図をひろげて思案する。こころひかれるのは海沿いの道だった。海岸線は好奇心にあふれる原始の生命のようで、ぼくを退屈させない。波の音のなかに、すべての声がある。そう教えてくれたのはきみだったね。
「声は〈もの〉としての厚みを持たないから、いくらでも折り重ねることが出来るんだ。すべての声が折り重ねられて波の音になる。ざぁぁぁ、つまり凝縮された時間だね。そこには過去の時間だけではなくて未来の時間も含まれているはずだよ」
その言葉にぼくは元気をもらった。未来の声への入口は、以外に近いところにあるかもしれないぞ。ぼくのすぐ隣にぼくの知らない道がある。
詩作メモ
- 太鼓の音~死神(友人の死)
- 子供たちの歌声~伝声管(黄泉の国に声を届ける)
- 波の音=すべての声(過去~未来の声)
3つのイメージ(アイデア)から即興的に詩を組み立ててみた。
詩の主人公は「未来の声」を探して旅をつづけるらしい。「未来の声」に出会ったら、わたしにも教えてほしいな。
ご案内