辺境の街
コンクリートで舗装された細い坂道を上がってゆく。粗末な民家の軒下に髪を緑に染めた女が立っていた。なにかに憑かれたように前方を凝視している。あまりに透明な眼差しは見えるものすべてを素通りしてしまう。石段の横では髪を紫に染めた青年が鳶色の毛布にくるまり眠っていた。無防備な寝姿の背後から、家々の暗い窓を探して夢の蔓草が伸びてゆく。千の言葉のあとに、もうひとつ言葉をつけ加えるために歩きつづけよう。
踏切のある丘まで来た。警報器が軽快に鳴り響き、鏡の回廊を思わせる豪華な列車が通りすぎた。乗車しているのは尽きることのない幻影を着飾った骸骨たちだろう。線路のあちら側は魚眼レンズで覗いたみたいに小さく縮んで見えた。湿っぽい大気の暗号を解かなくてはならない。ランドセルの女の子は、わたしの好きなものがなくなったと語った。
詩作メモ
架空の街についての素描。
鏡の回廊:ベルサイユ宮殿の2階にある全長73メートルの回廊。
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