夕暮れの森だった
夕暮れの森だった。不運はどこにでも舞い降りるものらしい。茜色の空から突如飛来したドッジボールに当たって女は倒れた。額から血が流れて意識を失った。担架で運ばれてゆく女に付き添ったのは妹だった。この世界が神さまの夢なら、姉の口癖をまねて語りかけた。これも神さまの夢、あれも神さまの夢、いち枚の落葉を透かして神さまの眠りそのものが見えてしまったとしたら…… いまなら姉の語った〈神さま〉についていくらか理解できそうな気がした。
女は旧式のミシンの置いてある部屋にいた。薄暗い部屋ではすべての輪郭が曖昧にゆらいで見えた。かつて恋人と暮らしたのはブラウンの霧がたちこめる街だった。街のはずれに原子力発電所があった。真夜中、余った電気が大気に放出されると西の空が淡い紫色に輝いた。情熱の名残にも帰ってゆく未来がある。〈呼ビアウ声ガ聞コエルヨ〉部屋のドアに鍵の掛かっていないことは知っていた。なにが彼女を引き留めるのだろう。声たちはなにを縫い合わせるのだろう。
詩作メモ
夢のリアリティについての素描。カフカの小説と夢のリアリティについて考えているときに着想を得た作品。見えてきた情景を起点にして言葉を組み立てていった(思いのほか時間がかかった…)。詩で断片的に語られた物語に思うところもあるけれど、詩は説明~解説するものではないので、詩的な「空間の匂い」からなにかを感じとっていただけたらさいわいです。
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