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鞠二月二日堂

詩と芸術のブログ

ポー 「ユーラリー」 Eulalie

 海外の詩の翻訳シリーズ。

 エドガー・アラン・ポー、第2回「ユーラリー」 Eulalie (1845)日本語訳と解説(ポーの目次はこちら)。

 ※ ポーの詩のエッセンスが日本語の詩として上手く伝わるように表現を工夫しながら、自由なイメージで訳しています。解説、翻訳ノートとあわせてお読み頂けたらと思います。

 ※ 『対訳 ポー詩集』加島祥造編(岩波文庫)を翻訳と解説の参考にしました。

 日本語訳 ユーラリー

 原詩 Eulalie

Eulalie
 Edgar Allan Poe

 I dwelt alone
 In a world of moan,
And my soul was a stagnant tide
Till the fair and gentle Eulalie became my blushing bride—
Till the yellow-haired young Eulalie became my smiling bride. 5

 Ah, less—less bright
 The stars of the night
Than the eyes of the radiant girl,
 And never a flake
 That the vapour can make 10
With the moon-tints of purple and pearl
Can vie with the modest Eulalie's most unregarded curl
Can compare with the bright-eyed Eulalie's most humble and careless
 curl.

 Now Doubt—now Pain
 Come never again, 15
For her soul gives me sigh for sigh
 And all day long
 Shines, bright and strong
Astarté within the sky,
While ever to her dear Eulalie upturns her matron eye— 20
While ever to her young Eulalie upturns her violet eye.

 ※ 原詩は版によってカンマやダッシュ、字下げなどに違いがある場合があります。こちらでは『対訳 ポー詩集』で使われているテキスト Thomas Ollive Mabbott: Collected Works of Edgar Allan Poe, Volume I, Poems, 1969 に合わせました。

 簡単な解説

 「ユーラリー」いいですねぇ~ 素敵! このような詩(イメージと物語)は容易く書けそうで、じつはとてもむつかしいものだと思う。詩の技術(言葉の洗練)や精神(ロマンチックな想い)だけではだめで、あとひとつ大切ななにかが必要になる。それは……

 ユーラリーとアスタルテの神秘が結びついたとき、そのなにかがポーに降りてきたのではないだろうか。そして、この詩が生まれた。選ばれた詩人にだけ降りてくるものがある。

 翻訳ノート

 「ユーラリー」には軽やかな語りのトーンがある。バッハの楽曲を聴きながら、軽やかなこころで翻訳に臨んでみた(楽しい作業になった)。

1~5行 第1連

 加島祥造訳は、はじまりの2行が「嘆きの谷にただひとり/住み暮らしていたから」となっている。2行目 a world of moan 「嘆きの谷」が秀逸です。でも、わたしはもう少し日常の感覚で訳したい。moan は groan ほど重くない(口語では「不平、不満」くらいの意味)。

 「ぼくは毎日、ぶつぶつと世間に文句を言いながら、ひとり寂しく暮らしていた」という人生に失望している青年のイメージをぎゅっと圧縮して「ぼくは 世間を嘆いて/ひとり 孤独に沈んでいた」としてみた。

 3行目 stagnant tide は直訳すると「潮溜まり」みたいなことだと思うけれど、冒頭の「世間」のイメージを引き継いで「街角の水たまり」と訳した。4行目 blushing は「恥じらいによる(顔の)赤み」で blushing bride は常套句とのこと(加島祥造の解説)。

6~13行 第2連

 6~8行目は、夜空の星とユーラリーの瞳が結びつけられ、比べられて歌われる。原詩の言葉の並びとの関係で、やや変則的な訳になった。9行目 flake 「薄片」は、空の雲のこと。空の雲とユーラリーの髪が結びつけられ、比べられる。

 この雲は flake「薄片」と表現されていることから、もこもことした積雲ではなく、巻雲[けんうん]のようなものだろうか。「〔巻雲・絹雲〕白色の絹糸または真綿状に見える雲。まきぐも」(講談社『日本語大辞典』より)

 髪の描写は、12行目 unregarded 「注意されない、無視された」 curl で、加島祥造訳は「ほつれ毛」となっている(雰囲気のある素敵な訳です!)。他によい訳はないかと知恵をしぼってみたけれど結局思いつかず、「ほつれ毛」をわたしの訳にも使わせて頂いた。

 空の雲と髪(ほつれ毛)を比べるのは具体的な情景をイメージできないとその面白さ(素敵さ)が分からない。原詩にいくらかの言葉をつけ加えつつ、イメージしやすい表現になるよう時間をかけて言葉を組み立てた。

14~21行 第3連(最終連)

 16行目 sigh for sigh は「ため息にため息で応じてくれる、すなわち、前の sigh は her sing、後のは my shing と解す」とのこと(加島祥造の解説)。わたしの訳では「ため息」のやりとりを中心に訳してみた。

 19行目 Astarté 「アスタルテ」は地中海世界各地で信仰された豊穣、多産の女神(東地中海世界の女神アルテミス、アフロディテ、ビーナスに対応している)。この詩に組み込まれた Astarté のイメージについては加島祥造の解説に詳しい。

 Astarté フェニキア人の崇拝した豊穣と生殖の女神。月の女神または金星の女神とも考えられた。ここでは優しい金星の女神。金星はその空の方角を知って見つめれば、昼間でも見出されるという。ポーもここでは、日中の空の金星を歌っている。

 なるほど……

 終わりの2行(20~21行目)はイメージをつかむのに(ポーの意図を推測するのに)少々時間がかかった。ポーはユーラリーとアスタルテ(金星の女神)を結びつけて歌っていて、地上のユーラリーの存在が空の金星を女神アスタルテとして輝かせているというくらいの意味になるのではないだろうか(ユーラリーは女神アスタルテを導く巫女的存在であり、もしユーラリーがいなければ金星の輝きはただの惑星の輝きにすぎない、みたいなことです…)。

 加島祥造訳は終わりの4行(原詩では2行)が、アスタルテ(金星=愛の女神)がユーラリーの上に「眼を向けている」イメージで訳されている。

空にある金星、あの愛の女神が
いつもその愛でるユーラリーの上に
 恵みの眼を向けているのだから――
その愛でるユーラリーの上に
 菫色の眼を向けているのだから――

 この訳だと歌われるイメージ(その比重)がユーラリーからアスタルテに移行してゆくような印象がある(このように訳してあると、そうかなとも思うけれど、わたしのこころはいまひとつ納得しない…)。わたしの訳ではユーラリーの側から女神アスタルテを表現した(金星の輝きがユーラリーを通過することで女神アスタルテの輝きに転化される)。

 わたしは詩の行の長さ(1行の文字数)に、いささかこだわりがある。ペアとして組まれている行は、その長さもそろっていることが好ましい(そのほうが眺めがよくなる)。ユーラリーはどうかというと……

 意識的に行の文字数を揃えたわけではないけれど、全体を見わたしてみるとほぼ綺麗にそろっている。特に最終連の最後の2行がぴったりの文字数になっているのはうれしい。わたしの訳詩にも、ささやかなアスタルテのお導きがあったのだろうか…… (ありがとう、アスタルテ!)

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