詩
夜の広場の街灯の許に落ちた〈情熱の名残〉たち未来の千の蟻たちに見つけられて運ばれていったきみたち その場所を知っていますか? 集められて夢の迷路に積まれた〈情熱の名残〉たち未来の千の蟻たちが輪になって歌いはじめるさざ波のシンフォニー 共鳴して…
小さな区画だった探偵のように秘密を探ろう 忘れていたものたくさん午後の光が雲間から漏れて 校舎の壁を明るくするとそこにぼくたちふたりの影があった やがて離れ離れになってゆくはじめから無かったものを在ったと思い それを奪われたと感じる芸術家たち…
夢の終わりに虹の橋を渡ってみる。ぼくたちの孤独にも互いに分かちあえるものがあるはずなんだ。皆で集まり輪になった。 祖父の家のふるいテレビは革命前夜の広場を映していました。五歳のわたしはガス燈に照らされた群衆のなかに〈わたし〉がいることをちゃ…
買い物に出かけた。まだ午後三時だというのに薄暗い。湿っぽい曇り空を見上げた(雨、大丈夫かな?)。線路のあちら側にゆこう、でも踏切は好きじゃない(迂闊に立ち入ったらヨクナイコトが起きるよ)。 地下道をゆくのがよい(いつもそうしています)。階段…
夕暮れの森だった。不運はどこにでも舞い降りるものらしい。茜色の空から突如飛来したドッジボールに当たって女は倒れた。額から血が流れて意識を失った。担架で運ばれてゆく女に付き添ったのは妹だった。この世界が神さまの夢なら、姉の口癖をまねて語りか…
街路樹の幹に一匹の蟻を見つけた。蟻たちは時空を巡り〈小さなものたち〉を集めてまわる。あの日のぼくの夢―情熱も、こんなふうに蟻たちに運ばれていったのだろうか? 1万6000年後の未来の千の蟻たちがきみたちに語りかける。 〈時がすぎてゆくというのは世…
わたしの通うM高校の保健室は日々成長しているらしかった。単純にベッドの数が増えているということではなくて、原生動物が養分を捕食するように隣室を浸食しながら室内の構成要素を有機的に変化させているようなのだ。静寂に満たされた空間とは対照的なめ…
コンクリートで舗装された細い坂道を上がってゆく。粗末な民家の軒下に髪を緑に染めた女が立っていた。なにかに憑かれたように前方を凝視している。あまりに透明な眼差しは見えるものすべてを素通りしてしまう。石段の横では髪を紫に染めた青年が鳶色の毛布…
昨夜まで降りつづいた雨は上がり、路地にはいくつもの水たまりが出来ていた。R旅館の前で、わたしたちは先生を待っていた。 「Yさん、先生来ますかね? 夢のお告げなんでしょ」 「お告げなんでしょうか? わたし、よく分からないんです」 「先生が、ここで…
楽しいことが好きだった いつの頃からか楽しくなくなった夜明け前に目覚めた 窓辺の植物がいつもとは違って見えたここに来てから自分であって自分ではないような感覚がある部屋の主は長期の不在 わたしはそのひとの身代わりなんだ明るくなったら植物の世話を…
縁日の帰りだった。Aは綿飴を食べていた。奇妙な既視感があった。Aがこれから語ることを、ぼくはありありと思い出していた。 ぼくたちが神さまの見ている夢の登場人物だとしたら? ぼくたちに神さまとの不思議な出会いがあるのは、ぼくたちが神さまの夢の…
旅の途中で友人が怪我をした。旅をつづけることが出来なくなった。海の近くに小さなアパートを借りて二人で暮らしはじめた。夜になると食卓に蝋燭を灯して、水平線から昇る月を眺めながら食事を楽しんだ。元気になったら、また旅をしよう。 「きみには聞こえ…
みんなが毛糸の帽子を持っていた。わたしだけが、まだ持っていなかった。先日、やはり毛糸の帽子がほしくなって近所のスーパーマーケットに買いに出かけた。いろいろ迷って、チョコレート色の地に白いステッチの幾何学模様が入ったものを選んだ。 翌朝、毛糸…
不思議だと思いませんか?世界はわたしたちにむかってなにも説明しません世界がわたしたちに理解されないと嘆くこともありません世界はなにかを問いかけることがなく なにかを探すこともしませんそれなのに (それなのに……)わたしたちはいつだって理由を探…
午後四時十五分、作家のO先生と都心から特急列車〈てまり〉に乗った。Y駅で降車。はじめて訪れる街だった。先生は何度か訪れたことがあるらしかった。長く伸びてゆく影を追いかけるようにポプラの並木道を歩いた。 大きな噴水のある公園のベンチに先生と並…
ひとつの研究が終わると、どうにも落ち着けない。休暇もそこそこに、あらたな研究課題を模索した。それまでのノートを読み返して選んだのは「蛇遣い」だった。 作家Mは廃校になった中学校の講堂を書斎として使っていた。十万冊の蔵書と三万枚のレコードがひ…
白いリンネルのシャツを着て きみは直立した姿勢のまま夢を見た真昼の青空に休むことなく回りつづけていたのは巨大な風車だった地中深くから汲みあげられた水が乾いた大地の球根を育てた 遠い街だった 骸骨たちの乗り合いバスが次の交差点を曲がるとき水たま…
箱男は走ることにむいていない だから今日もゆっくり歩く夏は暑く 冬は寒い でも住処をなくす心配だけはしなくていい箱男の半透明の小さな窓にも夕暮れの光が差し込む 鴉が鳴いた手帳を開き思案する あなたは涙の隠し場所を執拗に探していた誰からも隠されて…
長椅子の上の眠りは温かなチョコレートのように溶けて、わたしたちの夜が来る。そうだ! 大切な約束があった。 いくつもの小さな矩形に仕切られた陳列棚をじっと見つめた。なにが収められているのかは暗くてよく分からない。墨色のヴェールをまとった不定形…
高校二年の春にクラス委員長に選任された。それが原因とも思えないのだが、浮遊感を伴う眩暈に悩まされるようになった。真夜中に部屋の電気を消して星空を眺めてみても、以前のようにわくわくしない。 午前の授業を無難にやりすごしたとしても午後の授業はど…
ご無沙汰しております。こちらもずいぶんと様変わりしましたね。機械仕掛けの商業都市は怖れを知らない子供のようです。 いえ、迷ったりはしませんでしたよ。並木の落とす影が行き先を指し示してくれましたから。そこから先の路地のことはよく覚えています。…
ひさしぶりに水の街を訪れた。海抜〇メートル、黒い水の流れに帰ってきたという安堵があった。 予約を入れておいた老舗旅館「睡蓮」にむかう。街には橋がひとつもないので(どうしてだろうね?)水路で隔てられた隣の区画には、渡し船でゆくことになる。宿泊…
明るい灰色の夕暮れだった 自転車に乗って怖い家にゆく住宅街を離れた国道沿い 二階建ての民家が休耕田にかこまれて時代に見放され世間に忘れられた高度経済成長期の遺骸のようにぽつんと建っていた 草が生い茂る荒れた庭 閉め切られた雨戸不気味なシミが浮…
公園の近くで蟻の行列を見つけた じっと眺めているとがんばるぞ~ぉ と声がした ふり返ってみたけれど誰もいないあれ? 気がつくと蟻の行列も消えていた どこいった? 「消えていったものたち」の身代わりになって街を散策したやがて歩き疲れてきた 馴染みの…
I 道は先々で分岐しているので つい迷ってしまうどれを選んでも結局は同じことだと理解したのは目的地に着いてからだった 世界は複雑なようでいて思いのほか単純なつくりになっている II 旅行の計画はいつも曖昧なものだから時間の経過もそれに合わせて自在…
愛用の帽子を被って自転車に乗った 海へゆこういつもの道は工事中だった 迂回路の案内にしたがったむむ? 道に迷ってしまったみたい 森の小路だったこまったな…… 民家をみつけた 道を訊ねてみよう自転車では無理みたい 不安定な石段をこわごわ下ったあれ? …
胸を小さな蛇に噛まれた 救急病院に搬送された夜のむこうに ひとかたまりの黒い森が見えたそのまま息が止まってしまいそうな誘惑に こころが怯えた 夢のなかで懸命に活字を拾った 本を復元したかったランプを手許に引きよせる このページを仕上げてしまおう…
シアンクレールで一杯のコーヒーを飲むぼくたちは木炭の素描のような街に暮らしていたぼくは心臓[heart]の色を探すように生きた 不意の出来事だった 青い煉瓦の壁が歩道に現れたそして 突然 崩壊する (戸惑いは悲しみに似ている)ぼくには踏み越えてゆく…
I 紙のような薄さでパズルの隙間に消えていったピエロあら 気がつきませんでした ここで死んでいたのですか?いえ 死に乗り遅れたんです ただ それだけですよ II いつからだろう? 暗さのなかで撚られた情景だった死者たちの見忘れた夢が わたしたちの夢にす…
つよく見つめるとたちまち崩れてしまう夕暮れだった 海沿いのレストランから黒煙が昇っていた取り残されたひとがいるらしい あなたの知っているひと?世界にはさまざまな死がある 消防車の赤は好きな赤じゃない旅の途中でメガネを壊してしまった いつも臆病…