急勾配の階段だった
高台のサボテン公園から出てきた男が急勾配の階段を下りていた
その途中に錆びた線路が横切っている この踏切は要注意なんだ
いっけん廃線に見えるだろう でもそうじゃない 油断は禁物
警報器が鳴らなくても快速列車が通過することがある 危ないよ
孤独と不安の時代のさまよい人が見えない手を伸ばして誘うんだ
左右をよく確認しよう (右ヨシ 左ヨシ) 無事に踏切を通過
いま預かりものの大切な鞄を手にしているんだ 責任重大だよ
中身は特殊な色ガラスを二枚かさねてつくった最新の眼鏡なんだ
色の共鳴現象を応用したものらしい もちろん特許は取得済みさ
光学性能は従来比でほぼ二倍を達成 営業部の受け売りだけど
見るもの全てが目に突き刺さって痛いくらいよく見えるらしいよ
ありのまま世界が見えてしまうとしたら きみ どうしますか?
見上げた青空が〈青空そのもの〉になってきみに迫ってくるんだ
言葉や意味や神話を剥ぎとられた無垢の存在に囲まれてしまう
興味あるでしょ 最新技術だから期待してもいいんじゃないかな
詩作メモ
この詩は、急勾配の階段を下りる男のイメージから展開していった。すべてが即興のつくり話のようでもあり、巧妙なセールストークのようにも思われる。実存主義の鱗粉がきらきらと舞っていた時代だったのかもしれない。
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