鞠二月二日堂

詩と芸術のブログ

ディキンソン 「水は渇きに教わる」 Water, is taught by thirst.

 海外の詩の翻訳シリーズ。

 エミリー・ディキンソン、第13回「水は渇きに教わる」 Water, is taught by thirst. (135番 1859年)日本語訳と解説(ディキンソンの目次と年譜はこちら)。

 ※ [ ]は、わたしの補足です。

 ※ 『対訳 ディキンソン詩集』亀井俊介編(岩波文庫)を翻訳と解説の参考にしました。

日本語訳 水は渇きに教わる

原詩 Water, is taught by thirst.

Water, is taught by thirst.
Land — by the Oceans passed.
Transport — by throe —
Peace — by its battles told —
Love, by Memorial Mold — 5
Birds, by the Snow.

 ※ 原詩は版によってカンマやダッシュ、大文字、小文字の使い分けなどに違いがある場合があります。こちらでは『対訳 ディキンソン詩集』で使われているテキストThomas H. Johnson: The Poems of Emily Dickinson, 1955に合わせました。

解説

 自らを詩人として意識しはじめた頃の作品(ディキンソンは1858年頃から書いた詩の清書をはじめている)。このような作品を読むと、ああ、これが詩なんだと思う。シンプルな言葉のならび、描写のリアリティと奥行き、詩行は軽やかに展開されて読者を静謐なこころの在処[ありか]へと導く。

 詩行は Water 「水」からはじめられる。それは thirst 「渇き」が教えてくれるという。渇きの感覚が求める水の存在~ありさまを指し示してくれる。その水は顔を洗うための水ではなく、コーヒーを淹れるための水でもない。渇きの体験を経て、渇きを癒やしてくれる水をわたしたちは知る。

 1行目で呈示されたの「渇き」は、わたしたちの時代を象徴する言葉のひとつかもしれない。T.S.エリオット『荒地』(1922年)にも「水の不在(渇き)」が描写されている。いくらか引用してみよう(『荒地』岩崎宗治訳、岩波書店から「V 雷の言ったこと」331~358行より)。

ここには水はなく岩ばかり
岩だけで水はなくただ砂の道
山地を抜けてくねり行く道が
水はなく岩ばかりの山地を
もし水さえあればわれら立ちどまり飲むものを 335

 

(……)

 

そして水が
泉が 350
岩のあいだの水たまりが
せめて水の音でもあれば
蝉の声ではなく
枯草の歌う声ではなく
岩に落ちる水の音が 355
鶫が松の樹にとまって歌うところに
ポトッ ポト ポトッ ポト ポト ポト ポト
だが水はない

 各行で水の不在が執拗に繰り返される。わたしたちはなにをそのように渇いているのだろう? 渇きが教えてくれた水は、いまどこに? キッチンにゆけば衛生的な水道の水を好きなだけ飲めますが…… その水はあなたの〈渇き〉を癒やしてくれましたか? 生理現象としての「渇き」から、こころの領域の〈渇き〉へと眼差しをむけるとき、詩の新たな地平(詩の奥行き)が見えてくるように思われる。

 2行目 Land 「陸、陸地」は海を渡る(通過する)ことから教わるという。海と陸の関係に移動(航海)の要素が入っていることに注目したい。陸A → 海 → 陸B という過程からは、ヨーロッパ諸国から眺めた新天地としての北米大陸が想起される。ピューリタン~移民の家系であるディキンソンらしい視点~表現といえるかもしれない。

 ピューリタンのひとたちは北米大陸に理想の地(千年王国、キリストの王国)を夢見て大西洋を渡った。では、新大陸アメリカでその希望が叶えられたかというと、現実にはむつかしい。かの「陸(王国)」はどこに? わたしたちは、いくつ海を渡ればよいのですか? わたしたちはいまも大海の只中にるのでしょうか? 波は高く霧は深い…… (ひとの世とはそんなもの…)

 亀井俊介の解説には、

 (……)幸せな成果にいたる過程に苦痛を見、むしろその苦痛の方に思いを寄せるディキンソンの基本姿勢がくっきりと浮き出ている。

 とある。「幸せな成果にいたる~ 」というふうな理解は、わたしにはよく分からないのだけれど(むむ…)。大切なのは教わることだと思う。渇きの感覚が水のリアリティを「わたし」に与える。行頭に置かれた言葉、Water, Land, Transport, Peace, Love, Birds のリアリティは「わたし」のこころの領域にあるのだと理解したい。「わたし」には「わたし」の人生から学んだ水があり、「あなた」には「あなた」の人生から学んだ水がある。そのようにして、わたしたちはこの世界をはぐくみ、暮らしている。

 終わりの2行にむけられた詩的な眼差しはいかにもディキンソンらしい。愛を教わったとき、愛を教えてくれたあの方はこの世にいない。愛は喪失に縁取られて、でもそれは嘆きや悲しみではなく愛でなくてはならない。生のうつりゆく世界ではなく、死者の永遠に愛は結びつけられる。最終行 Birds 「鳥」には、そのような永遠の愛のヴィジョンが託されているようにも思われる。それは「雪」から教わるという。雪景色のなかに鳥が飛来した痕跡~足跡を見つける(わたしの理解です)。鳥は確かにここに来たのだと知る。でもいま鳥の姿は見えない。冬空の彼方を見つめ、あたたで愛らしい〈鳥〉のことを思う。

翻訳ノート

 シンプルなパターンの繰り返しを日本語の詩として上手くこなしたい。それぞれの訳語について、時間をかけて考えた(上手く訳せたかな?)。

 1行目 taught by は既存の訳(亀井俊介)に倣って「~が教えてくれる」でもよいかなと思いつつ、そうすると2行目以降は「○○は□□が」となって行末が「~が」で終えられる。言葉の響きとしては、いまひとつ美しくない。グーグル先生にお訊ねしたとろ「~に教えられました」とのご回答が。ここは「~に」を使うのがよいかなということで、「~に教わる」としてみた。

 2行目 Land, the Oceans はそれぞれ「陸」と「大海」とした。the Oceans は順当に訳すと「海、海洋」ということだれど、 passed を遠洋航海のニュアンスで理解して「大海」とした。

 3行目 Transport 「恍惚[こうこつ]、我を忘れること、有頂天、夢中(語源はラテン語「向こうへ運ぶ」の意)」の訳がむつかしい。ディキンソンの詩には天国を歌ったものもおおい。この詩行は、苦しみのなかで知った天国のヴィジョンに深い喜びを感じるというようなことではないだろうか。そちらの方向から「法悦」をあててみた(どうだろうね?)。

 4行目 by its battles told は「語り伝えられた戦いに」と雰囲気のある訳にしてみた。既存の訳に倣って「戦いの物語~」でもよかったかもしれない。

 5行目 Memorial 「記念の、追悼の」と Mold 「型に入れてつくったもの」の関係がよく分からない(どういうこと?)。あれこれ考えて、これって墓誌のことかなと思った。西洋のお墓にはブロンズ(鋳造された青銅)の墓誌が掲げられたものもある。こちらの方向から「追悼の銘」として[墓誌]と補足した。

 墓誌:板石、青銅板などに刻まれて墓中に納められた文。広義には墓石など墳墓の地上部分に刻まれたものをも含める。死者の経歴・事跡などを記し、末尾に韻文の銘(墓誌銘)を入れる(大辞林より)。

 6行目 Birds, by the Snow 解説には「ニュー・イングランドの冬は、あたり一面が雪におおわれる。そのため鳥の姿や鳴き声が消えてしまい、かえってその存在が実感をもって迫ってくる」とある。わたしは直感的に雪面に鳥の足跡が残された光景が思い浮かんだ。そのようなことではないのかな? "Hope" is the thing with feathers — (254番 1861年)(日本語訳はこちら)では、小鳥を希望~こころをあたためてくれるものとして歌っている。「鳥」を「あたたかさ~希望」、「雪」を「つめたさ~寒々とした世界」というふうに理解して、「雪」に[つめたさ]と補足して訳した。

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