自転車とチョコレート
愛用の帽子を被って自転車に乗った 海へゆこう
いつもの道は工事中だった 迂回路の案内にしたがった
むむ? 道に迷ってしまったみたい 森の小路だった
こまったな…… 民家をみつけた 道を訊ねてみよう
自転車では無理みたい 不安定な石段をこわごわ下った
あれ? 民家を見失った のどかな田園風景だった
大気が唸った 森の木々たちが一斉に歌いはじめる
不気味な気配が忍びよる 甲高く鳥が鳴いた 戻ろう
誰かが空にむかって千のマッチをしゅっと擦った
山の中腹に火柱が立った 連鎖して火炎の大蛇になる
木立の奥から火の玉が転がり出てきた 縦横に跳ね回り
水田に消えた 断末魔の叫び声 水蒸気が立ち昇った
足がすくんだ 夢でも見ているのだろうか 火炎地獄
この地方の伝承に〈燃えている猿〉というのがある
夜の邪気を吸い込んだ猿の骨が燃えあがるのだという
残酷だよ 炎は浄化の化身なんだ ポケットを探った
銀紙の包みはチョコレート カカオの香りに救われた
風が炎をあおる 脱出 斜面の石段は崩れかけていた
這うようにして登った サイレンが鳴り響く あと少し
登り切った! 自転車に飛び乗った 来た道を引き返す
何台もの消防車とすれ違った おおきな山火事らしい
迂回路の案内は消えていた 工事も行われていない
いつもの道をすいすいすすんだ 灯台 海鳥 水平線
チョコレートをひとかけら口に入れた これでよい
詩作メモ
小さな冒険を詩にしてみた。自転車は乗り物のなかで、いちばん好きかも知れない。銀紙に包まれたチョコレートは、こころを元気づけてくれる。〈燃えている猿〉の伝承は夢に出てきた老人に教えてもらった。「邪気」(病気を引き起こす毒気)が骨に含まれる「燐」と反応して燃えるらしい…… (怖い…)
ご案内
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