T.S.エリオット 「荒地」 題辞と献辞 Epigraph and Dedication
海外の詩の翻訳シリーズ。
T.S.エリオット『荒地』 The Waste Land (1922) から、題辞と献辞の日本語訳と解説(『荒地』日本語訳だけをまとめて読みたい方はこちら)。
※ 『荒地』岩崎宗治訳(岩波文庫)を翻訳と解説の参考にしました。
日本語訳 題辞と献辞
実際のところ 私はクーマエでシビュラが
瓶のなかにぶらさがってるのをこの目で見たよ
子供が彼女にギリシャ語で シビュラなにがしたいの と訊くと
彼女は 死にたいのよ と答えていたよ
より優れた詩人
エズラ・パウンドに
原文 Epigraph and Dedication
The Waste Land
T. S. Eliot
“Nam sibyllam quidem Cumis ego ipse
oculis meis vidi in ampulla pendere, et cum
illi pueri dicerent : Σίβυλλα τί θέλείς ;
respondebat illa : άποθανεîν θέλω.”
For Ezra Pound
il miglior fabbro
参考:https://en.wikipedia.org/wiki/The_Waste_Land
解説
題辞(エピグラフ)
題辞はラテン語(会話のところはギリシャ語)。ペトロニウス『サテュリコン』の「トリマルキオンの宴会」48節からの引用。
クーマエ(クマエ)はイタリアにおける最古のギリシアの植民都市。シビュラは古代ギリシャ・ローマ神話でアポロンの神託を伝えたとされる巫女(女性の予言者)。瓶は古代ローマで聖油や聖水を入れるのに使われた両取っ手付きのフラスコ型の瓶(ancient Rome ampulla で検索すると画像が見られます)。クーマエのシビュラについては岩崎宗治の解説に詳しい。
シビュラは若い頃アポロンに愛され、その手に掴める砂粒の数の歳まで生きることを許されたが、若さを求めることを忘れていたので、老い衰えて蝉のように小さくなった、と語られている。
題辞の「瓶のなかにぶらさがってる」のは「蝉のように小さくなった」シビュラだろうか。縮んで小さくなった体で瓶のなかにぶら下がり「死にたいのよ」と語る光景には、(笑ってはいけないのだろうけれど)妙なおかしみを誘われる。
クーマエのシビュラを「予言者」のイメージでとらえると、第1部「死者の埋葬」に登場するマダム・ソソストリス(タロット占い)が思い浮かぶ。マダム・ソソストリスのタロットカードに出てきた予言は『荒地』(詩の内部)で具体的な情景となって展開される。詩の内部にソソストリス、その外部に(献辞としての)シビュラという配置からは、予言の入れ子の構造が見えてくる。
マダム・ソソストリスの予言が、詩の内部の予言とすると、題辞にシビュラのイメージを掲げた詩『荒地』は20世紀という「時代」への予言ということなのかもしれない。それはエリオットの時代を透視する眼差しでもあるのだろう。シビュラの〈死〉への言及が、21世紀の「荒地」に生きるわたしたち自身のつぶやきにかさなって聞こえてくる……
献辞
エズラ・パウンド Ezra Weston Loomis Pound(1885-1972)は、アメリカ合衆国の詩人、批評家、音楽家。詩人としてはエリオットの先輩になる。パウンドはエリオットの作品が発表の機会に恵まれるように、またロンドンで詩人としての地位を確立できるよう、手厚く支援したという。
1921年11月、エリオットは転地療養で滞在していたスイスのローザンヌで『荒地』の草稿を完成する。当初、800行を越えたていた草稿はパリに滞在していたパウンドに手渡され、彼の大胆な編集(不必要と思われる場面の削除など)の提案により、現在知られるような433行の作品として完成した。献辞は『詩集 1909-1925』(1925)に『荒地』がおさめられたときに、はじめてつけられた(初出『クライティリオン』および『ダイアル』で発表されたときにはつけられていなかった)。
il miglior fabbro はダンテ『神曲』煉獄編26歌(117行目)からの引用。これは先輩詩人アルナウト・ダニエルへのダンテの讃辞で、エリオットがパウンドに敬意を表しつつ、自分はダンテの顰み[ひそみ]に倣おうとしたのではないかとのこと(岩崎宗治の解説)。
翻訳ノート
題辞(エピグラフ)
ラテン語、ギリシャ語の知識はないので、グーグル先生にお訊ねしてみることからはじめた。そこから、おおよそのアウトラインをつかんで、ポイントとなる単語をオンライン辞書で調べつつ、既存の訳を参考にして訳していった。
岩崎宗治訳では「訳は国原吉之助(岩波文庫)による」ということで、わたしもそちらの訳を基準にした。大きな間違いはないと思うけれど、あのようなニュアンスでよいのかは正直よく分からない。
献辞
2行目はイタリア語。il miglior fabbro を普通に訳すと「最高の職人」くらいの意味になる(そのように訳してある論文もあります)。
ネットであれこれ調べてみると、ダンテ『神曲』でのニュアンスは、the better craftsman または the better poet ということらしい。岩崎宗治訳では「わたしにまさる言葉の匠」となっている。「より優れた詩人」としてみた。
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