地下道をゆくのがよい
買い物に出かけた。まだ午後三時だというのに薄暗い。湿っぽい曇り空を見上げた(雨、大丈夫かな?)。線路のあちら側にゆこう、でも踏切は好きじゃない(迂闊に立ち入ったらヨクナイコトが起きるよ)。
地下道をゆくのがよい(いつもそうしています)。階段の手前で立ち止まる。ああ、そうなんだ、と思う(アア、ソウナンダ、肯定的理解)。見つけたはずのものを、ふいに見失うこともある(オロオロ、戸惑い)。
明け方に見たのは水晶の荒地をゆく夢だった。空は瑠璃色に澄みわたり、雲ひとつなく太陽さえなかった。きっと、たくさん歩いてきのだろう(休憩しよう)。水晶のくぼみに腰を下ろそうとしたときだった(アレ?)。
一冊の大学ノートが立て掛けてあった。波打った表紙に消えかけたインクの文字で名前が書いてある(えっと、誰?)。ノートを手に取ることは躊躇われた。ここはその方の予約席なのだろう(失礼しました)。
ひとりぼっちの世界では事物たちが主人公になる。足早に階段を下りた(トトト)。お気に入りの小説の主人公は日々の生活を詳細にメモしていた。緻密で隙のない行動様式に憧れた(なにごとも注意深くありたい)。
壁面に雪の針が舞っていた。一度、まばたきをすると隣の通路を行き交う骸骨たちだと分かった。鈍色の海を漂うクラゲのように世界が透けてしまうこともある。骨と骨を触れあわせて通りすぎてゆく(カララン)。
死者の賑わい(束の間の生は押し黙り)。ノスタルジーを裏から眺めてごらん、ユートピアになるんだよ(少年の骨が歌っていた)。あの日に置き忘れた言葉たちが未来の死とぼくを引き合わせたんだ(こんにちは)。
指先に触れたものについて考える(触れるはずのないものが)、隠された折り目がある(ひらいてみようか)、少しだけ違った時代、街は見分けがつかないくらい似ていた(彼処ではなく、なぜ此処でなくてはならぬ)。
シャボン玉の虹色が先生のお気に入りだった。「千の色彩が千の物語を求めて互いを呼びあっている、でもそれは、ひとつの物語であり、ひとつの愛の姿なんだ、素敵だと思わないか?」(ステキダトオモワナイカ)
冷たい風が忍びよる、記憶がざわめいた、嵐の予感。悲しみより一歩先をゆくのがよい(祖父の教え)。未来のプランを思い描く。ノートはヨモギ色のものを選ぼう、表紙に小さく名前を入れる(野辺の静けさ)。
早足で階段を上がる。ビルの谷間を抜けて、理髪店の角を曲がったときのこと、砕ける波の音に包まれた。〈予兆は突然に〉見上げた空の雲の切れ目から光が漏れていた(先生、時ノハジマリヲ見ツケタヨ)。
詩作メモ
この作品は断片的に見えていた情景から、手探りで書きすすめていった。気長に作業していたら、11のパートを書き終えるのに3ヶ月ほどかかった。ながい時間のなかで見えてくるものがある(内容の詳細は省略)。時間の篩[ふるい]の作用に感謝しよう。
ご案内
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