悲しいことがあったので
悲しいことがあったので 飛行機で旅行にゆくことにした
小さな映画館の茜色の椅子に腰掛けて旅行の計画を練った
資金が乏しいので いちばん安い航空券を選ぶのがよいだろう
そうすると直接目的地に飛ばないので乗り換えが必要になる
乗り換えは好きじゃない 中継地ではよくないことが起きる
些細な不注意から 暗黒世界へ迷い込んでしまうかもしれない
捩れて裏返った時間の歪みを それと見分けるのはむつかしい
ここでふと思った 乗り換えは空港だけとはかぎらない
この映画館だってそうかもしれない 途端に怖くなった
さりげなく周囲を見まわした 席を立つひとの姿が目立った
明るい声の少年たちが談笑しながら通りすぎていった
空席が増えてゆく どうして映画は上映されないのだろう?
わたしは目的地までひと息に飛びたい それだけなんだ
席を立つことはいつでも出来る もうしばらく待ってみよう
詩作メモ
旅行、飛行機、映画館、この三つのモチーフは、村上春樹『羊をめぐる冒険』第7章「映画館で移動が完成される。いるかホテルへ」に出てくる。「僕」と耳のモデルの女の子は東京から飛行機に乗って千歳空港まで飛び、札幌の閑散とした映画館で「犯罪もの」と「オカルトもの」の映画を観る。
「わたし」は映画館で旅行のプランを思い描く。飛行機にはまだ乗っていないし、なぜか映画も上映されない。物事にはそれぞれ適切な順序があるという。手順を間違えたのだろうか? 「わたし」の旅行は、いつはじまるのだろう……
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