ポー 「ユーラルーム 」 Ulalume 《1》 日本語訳 解説
海外の詩の翻訳シリーズ。
エドガー・アラン・ポー、第7回「ユーラルーム」 Ulalume (1847)日本語訳と解説(ポーの目次はこちら)。
※ ポーの詩のエッセンスが日本語の詩として上手く伝わるように表現を工夫しながら、自由なイメージで訳しています。解説、翻訳ノートとあわせてお読み頂けたらと思います。
※ [ ]は、わたしの補足です。
※ 『対訳 ポー詩集』加島祥造編(岩波文庫)、『ポー詩集』阿部保訳(新潮文庫)を翻訳と解説の参考にしました。
日本語訳 ユーラルーム
空はくすんだ灰色で
葉はかさかさと乾いていて
葉はしおしおと枯れていて
それは寂しい十月の夜だった
遙かな太古からのヴィジョンがあった
それは暗いオーバー湖だった
ウエア地方は霧が立ちこめていて
それは湿っぽいオーバー湖の畔だった
ウエア地方の森にはグール[鬼]が棲むという
ここにはかつて 巨木の立ち並ぶ小径があった
糸杉を縫って ぼくはぼくの魂と彷徨い歩いた
糸杉を縫って ぼくの魂 美しい魂~サイキと彷徨い歩いた
これらの日々のなかで ぼくのこころは活火山だった
岩滓[がんさい]が川となって流れるように
溶岩が息つく暇もなく流れるように
ヤアネックから硫黄が蕩々と流れ落ちてゆく
それは極地の最果ての国だった
うなり声をあげながらヤアネック山から流れ落ちてゆく
それは北の極地の王国だった
ぼくたちは真剣に生真面目に語りあった
けれど ふたりの思いはぎこちなく萎んでいった
ふたりの記憶はかみ合うことなく萎んでいった
ぼくたちは今月が十月であることを知らなかった
ぼくたちは今年のこの夜のことを忘れていた
(ああ その年のすべての夜のこの夜 ハロウィン!)
ぼくたちは暗いオーバー湖に気がつかなかった
(ぼくたちは一度ここまで足を運んだことがあったけれど)
暗いオーバー湖のことを思い出さなかった
ウエア地方のグールの棲む森だということも
そしていま 夜は更けて
星の文字盤は夜明けの到来を示し
星の文字盤は夜明けの到来を仄めかし
ぼくたちの小径の果ては闇に溶けて
星雲の光が生まれた
不思議な三日月[下弦の月]が浮かび出てきた
それは一対の角を持っていた
アスタルテ[金星]の輝きが三日月を飾った
そこにははっきりと分かる一対の角があった
ぼくは語った 「彼女[金星]はディアナ[月]より温かだ
彼女はため息の天空を巡っている
彼女はため息のなかで遊んでいる
彼女は乾くことのない涙を知っている
ぼくたちの頬を伝う泣き虫は尽きることがない
彼女は獅子の星座[獅子座]を抜けてやって来る
ぼくたちに天空への道を示してくれる
天空には忘却の平穏がある
獅子をものともせずに天空を昇ってゆく
彼女の輝く瞳がぼくたちを照らす
獅子の巣穴を抜けて天空を昇ってゆく
彼女の明るい瞳には愛が込められている」
けれど 美しい魂~サイキは天空を指差して
語った 「残念だけれど わたしはこの星を信じない
彼女の青白い光を どうしてだろう 信じることが出来ない
ああ 急ぎましょう!――ああ ここから早く!
ああ 飛ぶのよ!――わたしたち 飛び去らなくては!」
恐怖にふるえて彼女は語った 彼女はうなだれて
降ろした翼は地面を引きずるほどだった
苦悩の表情ですすり泣いた 彼女はうなだれて
降ろした羽根は地面を引きずるほどだった
悲しく砂塵にまみれるほどだった
ぼくは答えた 「これはただの夢なんだ
ふるえる光へと歩んでゆこう!
水晶のような光に包まれていよう!
素晴らしい予言が輝いている
希望と美しさがそこにある 今夜はそんな夜なんだ
ごらんよ!――夜通し天空に瞬いている
ああ きらめく光に委ねていいんだよ
あやまずにぼくたちを導いてくれる
きらめく光に委ねていいんだよ
あやまたずにぼくたちを案内してくれる
夜通し天国に到るまで瞬いている」
そうして 美しい魂~サイキをなだめてキスした
彼女の沈んだ気持ちを笑顔へと誘った
彼女の沈んでためらう気持ちを力強く説得した
ぼくたちは木立の果てへと歩んでいった
それから立ち止まった 墓所の扉があった
扉には銘が刻まれていた
ぼくは訊ねた 「なんて書いてあるのだろう 愛しい妹よ
扉に刻まれた墓所の銘はなに?」
彼女は答えた 「ユーラルーム――ユーラルーム!
あなたの亡くしたユーラルームのお墓よ!」
ぼくのこころは冷たい灰色に覚めていった
かさかさと乾いた葉のように
しおとおと枯れた葉のように
ぼくは叫んだ 「それはたしかに十月だった
昨年のこの夜だった
ぼくは旅をしていた――ぼくはここまで旅をした!
ぼくは怖い荷[死者]を連れてここに来た
その年のすべての夜のこの夜に
ああ 魔物にそそのかされてここまで来たのだろうか?
いまならよく分かる 暗いオーバー湖のことを
ウェア地方は霧が立ちこめていて
いまならよく分かる 湿っぽいオーバー湖のことを
ウエア地方の森にはグールが棲むという」
ぼくたちは語った――ふたりで語った 「ああ それは
森に棲むグールの仕業で
悲しみを誘う やさしいグールが
ぼくたちの道をさえぎり
この丘にある秘密に触れないように
この丘に隠れているものたちへ近づかないように
亡霊の惑星[金星]を
青ざめた魂たちの辺獄から引き上げたのだろうか?
罪深く火花を散らす惑星を
この世の魂たちの地獄から引き上げたのだろうか?」
原詩 Ulalume
Ulalume
Edgar Allan Poe
The skies they were ashen and sober;
The leaves they were crisped and sere—
The leaves they were withering and sere:
It was night in the lonesome October
Of my most immemorial year: 5
It was hard by the dim lake of Auber,
In the misty mid region of Weir:—
It was down by the dank tarn of Auber,
In the ghoul-haunted woodland of Weir.
Here once, through an alley Titantic, 10
Of cypress, I roamed with my Soul—
Of cypress, with Psyche, my Soul.
These were days when my heart was volcanic
As the scoriac rivers that roll—
As the lavas that restlessly roll 15
Their sulphurous currents down Yaanek,
In the ultimate climes of the Pole—
That groan as they roll down Mount Yaanek,
In the realms of the Boreal Pole.
Our talk had been serious and sober, 20
But our thoughts they were palsied and sere—
Our memories were treacherous and sere;
For we knew not the month was October,
And we marked not the night of the year—
(Ah, night of all nights in the year!) 25
We noted not the dim lake of Auber—
(Though once we had journeyed down here)
Remembered not the dank tarn of Auber,
Nor the ghoul-haunted woodland of Weir.
And now, as the night was senescent, 30
And star-dials pointed to morn—
As the star-dials hinted of morn—
At the end of our path a liquescent
And nebulous lustre was born,
Out of which a miraculous crescent 35
Arose with a duplicate horn—
Astarte's bediamonded crescent,
Distinct with its duplicate horn.
And I said—"She is warmer than Dian;
She rolls through an ether of sighs— 40
She revels in a region of sighs.
She has seen that the tears are not dry on
These cheeks, where the worm never dies,
And has come past the stars of the Lion,
To point us the path to the skies— 45
To the Lethean peace of the skies—
Come up, in despite of the Lion,
To shine on us with her bright eyes—
Come up through the lair of the Lion,
With love in her luminous eyes." 50
But Psyche, uplifting her finger,
Said—"Sadly this star I mistrust—
Her pallor I strangely mistrust: —
Oh, hasten!—oh, let us not linger!
Oh, fly!—let us fly!—for we must." 55
In terror she spoke, letting sink her
Wings until they trailed in the dust—
In agony sobbed, letting sink her
Plumes till they trailed in the dust—
Till they sorrowfully trailed in the dust. 60
I replied—"This is nothing but dreaming.
Let us on by this tremulous light!
Let us bathe in this crystalline light!
Its Sibyllic splendor is beaming
With Hope and in Beauty to-night— 65
See!—it flickers up the sky through the night!
Ah, we safely may trust to its gleaming
And be sure it will lead us aright—
We safely may trust to a gleaming
That cannot but guide us aright 70
Since it flickers up to Heaven through the night."
Thus I pacified Psyche and kissed her,
And tempted her out of her gloom—
And conquered her scruples and gloom;
And we passed to the end of the vista— 75
But were stopped by the door of a tomb—
By the door of a legended tomb:—
And I said—"What is written, sweet sister,
On the door of this legended tomb?"
She replied—"Ulalume—Ulalume!"— 80
'Tis the vault of thy lost Ulalume!"
Then my heart it grew ashen and sober
As the leaves that were crisped and sere—
As the leaves that were withering and sere—
And I cried—"It was surely October, 85
On this very night of last year,
That I journeyed—I journeyed down here!—
That I brought a dread burden down here—
On this night of all nights in the year,
Ah, what demon has tempted me here? 90
Well I know, now, this dim lake of Auber—
This misty mid region of Weir:—
Well I know, now, this dank tarn of Auber—
This ghoul-hannted woodland of Weir."
Said we, then—the two, then—"Ah, can it 95
Have been that the woodlandish ghouls—
The pitiful, the merciful ghouls,
To bar up our way and to ban it
From the secret that lies in these wolds—
From the thing that lies hidden in these wolds— 100
Had drawn up the spectre of a planet
From the limbo of lunary souls—
This sinfully scintillant planet
From the Hell of the planetary souls?"
参考:https://en.wikisource.org/wiki/.../Ulalume
※ 原詩は版によってカンマやダッシュ、字下げなどに違いがある場合があります。こちらでは『対訳 ポー詩集』で使われているテキスト Thomas Ollive Mabbott: Collected Works of Edgar Allan Poe, Volume I, Poems, 1969 に合わせました。
※ 第10連(最終連)が組み込まれていない版もあります。ホイットマン夫人の忠告で削られたのち、元に戻されたということです。
解説 ハロウィンの夜 それとは知らずに森に入ってゆく
「ユーラルーム」には独特の雰囲気がある。第1連から第10連(最終連)までを順にみてゆこう。
タイトル
Ulalume 「ユーラルーム」は女性の名前。詩=物語のなかで「ぼく」の「失われた女性」として描かれる。詳細は語られないので「ぼく」との関係や彼女が亡くなった理由は分からない。
1~9行 第1連
物語の舞台が語られる。季節は10月、場所はウエア地方、オーバー湖の畔にある森のなか。6行目 Auber 「オーバー」は当時の同名の作曲家の名前、7行目 Weir 「ウエア」は当時の有名な画家からとった名前(ということらしいです… 加島祥造の解説)。ghoul 「グール」は「食屍鬼」のこと(ここでは邪悪な鬼ではありません)。
10~19行 第2連
物語の登場人物が紹介される。「ぼく」と「ぼくの魂」の会話(対話)によって物語が展開してゆく。「ぼくの魂」は、12行目 Psyche 「サイキ(英語読み)、プシケ」と表現されていて、そこに「美しい娘」のイメージが重ねられいる。簡単にいってしまえば「ぼく」の「こころの友~エア彼女」ということになるけれど、それは男性にとっての意識下の女性的な領域~アニマと深く結びついた存在(こころの像)のようにも思われる。
アニマについて河合隼雄『ユング心理学入門』(培風館)から引用しておきますね。
ユングは、われわれは外界に対してのみならず、内的世界に対しても適切な態度をとらねばならないとし、(……)外界に対するものをペルソナ、内界に対するものをアニマと呼んだ。
男性の場合であれば(……)彼の外的態度は、力強く、論理的でなければならない。しかし彼の内的な態度は、これとはまったく相補的であって、弱々しく、非論理的である。実際、われわれは非常に男性的な強い男が、内的には著しい弱さをもっていることを知ることがよくある。このように一般に望ましいと考えられる外的態度、ペルソナから閉め出された面が、こころ[魂 soul ]の性質[アニマ amima ]となるのであり、これが心像として現れるときは女性像として現れることになる。
※ [ ]は、わたしの補足です。ここでの「こころ」は soul の訳語です(意識的~無意識的な心的過程全体の「心」と区別して、内的な心的過程の様式~態度の意味で使われています)。
参考:この作品は一般には body と soul (主人公とその分身)の対話形式の詩と理解されているようです。
第2連の後半は、その頃の「ぼく」の心理状態が語られる。「活火山」と「北の極地」(極寒の地)のイメージは、互いに相反する心理の共在、凍えたこころに渦巻く熱く激しい感情~情念といったところだろうか。
17行目 Boreal Pole は、直訳すると「北の極地」→「北極」となるけれど、北極は氷で出来ているので火山は存在しない。加島祥造の解説によると「ポーはあきらかに南極の火山を想定している」とのこと(これは詩~芸術なので、詩の世界には北極に陸や島があり、そこに火山があるということでもよいと思う)。18行目 Mount Yaanek 「ヤアネック山」は架空の名前。
20~29行 第3連
今夜が特別な夜であることが語られる。25行目 night 「夜」は、10月31日の夜、ハロウィンのこと。そのことを忘れていたふたりの会話は不安に沈み、記憶も曖昧なものになってしまう。
参考:ハロウィンの起源はケルトの文化(信仰)にあるようです。ケルト民族にとっての年のはじまりは11月1日で、その前日の10月31日に祖霊が家に戻ってくるということです(日本のお盆~祖霊祭に類似した日)。
30~38行 第4連
アスタルテ(金星)と三日月のイメージが提示される。時刻は夜明け近く、三日月が昇り、金星がそれを飾る。「一対の角」は、三日月の両端(その鋭い先端)を表現したもの。アスタルテのイメージは、ポーのお気に入りだったらしく、「ユーラリー」にも登場する(アスタルテの詳細は「ユーラリー」を参照)。
39~50行 第5連
「ぼく」がアスタルテ(金星)とディアナ(Dian → Diana 月)について語る。アスタルテはディアナより、ひとの涙(辛さ、悲しみ)が分かる温かな存在だという。また、獅子座をものともせずに昇ってくることから、獅子よりも力強い存在として歌われる。
51~60行 第6連
「ぼく」のアスタルテ(金星)の語りを受けて、サイキ(ぼくの魂)が語る。彼女は「星」を信じることが出来ないという。彼女は恐怖に怯えてしまう。
サイキは恐がりで、臆病な性格らしい。サイキは、その性が男性から女性に反転しているだけではなく、その性格も反転したものに設定されている(このあたり、アニマの特徴が反映されてるようで興味深い…)。
61~71行 第7連
「ぼく」は「光」の素晴らしさをサイキ(ぼくの魂)に語りかける。「光」は希望や美しさへの予言であり、それは天国へと正しく導いてくれるという。
72~81行 第8連
「ぼく」はサイキ(ぼくの魂)を元気づけ、ふりたは「光」へ向かって歩いてゆく。ふたりが行き着いたのは墓所だった。その扉に刻まれた銘「ユーラルーム」をサイキが読み上げる(このあり展開が巧みです…)。
82~94行 第9連
ユーラルームの墓所の前で「ぼく」のこころは冷たく覚めてゆく。昨年の同じ夜(ハロウィン)も、ここに来たことを「ぼく」は思い出す。88行目 burden 「荷」は「死体」ということですが(加島祥造の解説)、わたしは、それとは少し違うイメージで捉えていて、この「荷」は、こころのなかの「死者」(その重み)のことではないだろうか。
90行目 demon 「デーモン~悪魔、魔物」は、ギリシャ神話の神々と人間の中間にあると考えられる悪魔(devil 「デビル~悪魔」ではないので注意)。
95~104行 第10連
「ぼく」とサイキ(ぼくの魂)が共に語る(分裂していた「ぼく」と「ぼくの魂」の統合のイメージ)。最終の4行は、墓所~冥府~辺獄・地獄のイメージを背景に引き上げられた惑星(金星)に、死者の再生のイメージが重ねられているようにも思われる。一度失われたものが、あらたな生命~光を得て、この世で再び巡り会う可能性が示唆される。
「ユーラルーム」は、ポーお得意の怪奇趣味(湖の畔の森や墓所)、お気に入りのアスタルテ(金星)、「ぼく」とサイキ(エア彼女)の語らい、失われた女性ユーラルーム…… それらがパズルのように組み合わされて幻夢的な物語として展開される。
旅の同伴者であるサイキが「ぼく」とは反対の性格を持つ女性であることや、よく知っている墓所なのに道をすすんでいるときにはそのことに気がつかないなど、この作品には夢のリアリティを思わせるところがある。「ユーラルーム」は〈現実の額縁〉から眺めるより、〈夢の額縁〉から眺めるのがよいのかもしれない。明け方近く、不思議な夢を見て、どきどきしながら目覚めたときのような、他の作品にはない詩的世界のリアリティが、この作品の魅力だと思う。
- 次回 「ユーラルーム」《2》 翻訳ノート
- 前回 「不穏な気配の谷」(第6回)
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ポー おもな日本語訳