不思議だと思いませんか?
不思議だと思いませんか?
世界はわたしたちにむかってなにも説明しません
世界がわたしたちに理解されないと嘆くこともありません
世界はなにかを問いかけることがなく なにかを探すこともしません
それなのに (それなのに……)
わたしたちはいつだって理由を探して彷徨っています
わたしたちはいつだって説明することに追われています
わたしたちはいつだって互いの不理解を嘆いて悲しんでいます
わたしたちがこの世界と同じように〈存在〉できたなら
(ああ そのように できたなら……)
もちろんそのようには〈存在〉できないわけですが
ここに世界が在って ここにわたしが在るという
ただ そのような関係が「ある」ということだけで
わたしのなかに温かなものがみちてゆきます
どうしてでしょうか 不思議だと思いませんか?
詩作メモ
調べ物をしていて、ハイデガー関連(存在論)の書籍を読んでいるときに、ふと思いついた詩。
ハイデガーの存在論は現象学のライン上にあるので意識を起点にして展開されてゆく。そこにはなにか「一方通行」の窮屈さがあって、わたしは東洋のひとなので、それがどうにもしっくりこないなぁ、肌にあわないなぁ、と感じていた。
世界が説明してほしいとリクエストしたのでなけれぱ、なぜあれこれと(お節介に)説明する必要があるだろう? (それも人間を中心に置いて!)わたしは世界との関係=「自在な交通」を楽しみたい。
ご案内